即応予備自衛官の体験|災害派遣招集から準備、出発、被災地到着まで【即自第1話】

2020年11月27日即応予備自衛官としての災害派遣活動

即応予備自衛官 災害派遣出発まで

2020年7月初旬、日本各地を豪雨が襲った時、熊本県人吉地区では河川が氾濫し、街に大きな被害がでていた。

大分市に住んでいたぼくは、それを知った時

(これは、くるかもしれない)

と感じた。

人吉市豪雨災害、球磨川氾濫
7月11日球磨川:ツイッター@jgsdf_19ir_prより

有事の際に活動する即応予備自衛官

自衛隊を退職後、ぼくは ”定期的に訓練に出頭し、有事があれば出動する「即応予備自衛官」” というものに所属していました。

その為、なんとなく予感があったんです。

そして災害発生の数時間後、即応予備自衛官(以下「即自」)の同期から電話がかかり、

「災派がかかる可能性あり、現在訓練を撤収し部隊に帰隊中」

との報を受けたことで、災害派遣出動の予感が一気に現実味を帯びました。

即応予備自衛官|災害派遣任務招集の意思確認

ほどなくして部隊の即自担当の常備自衛官から電話がかかり、
(即応予備自衛官に対して、一般の自衛官のことを常備自衛官という。以下「常備」)

「現在のところ派遣の有無は未確定ですが、Goが出た時いけますか?」

という意思確認を受けました。

電話越しに指示や確認の声、慌ただしく動いている音からも緊迫感が伝わってくるんです。

ぼくは少し考えた後、招集に応じる旨を担当者に伝えました。

「わかりました。ではいつでも動けるように物心両面の準備をお願いします。」

そう言われ、担当者との電話が終わります。

即応予備自衛官|準備から災害派遣出発まで

それからは早かったです。

まず、荷物の準備をしながら各所に連絡をして、家を空ける用意をします。

後日、予定が少し早まったものの正式に出頭命令が達せられ、同期の車で駐屯地に出頭しました。
(出頭が早まったことで、部隊も先発隊と後発隊の2陣に分かれました)

出頭後は、事前の健康診断、感染症・熱中症・災害派遣の事前教育などを受けて準備をします。

現場の状況により情報が入り乱れて動くこともありましたが、常備・即自の綿密な情報共有や連携により、滞りなく派遣へ備えることができました。
(常備の方々はさぞ大変だったことと思います)

そして出発当日、連隊長への報告を終え、先発隊の車列が部隊に見送られながら現地へと出発しました。

即応予備自衛官、災害派遣出発
災害派遣出発報告:ツイッター@ModJapan_saigaiより

豪雨災害|被災地域、熊本県人吉市に到着

到着した日も、現地では雨が降っていました。

ぼく自身、現職の時を含めても災害派遣活動は初めての経験だったので、道中に見た被害の光景に震えました。
今この中で生活している人たちのことを考えても。

宿営地域到着後、最初にしたのが宿営天幕、指揮所の設営です。

派遣中はずっとこの天幕(てんまく)と呼ばれるテントで生活します。

当初入浴の段取りが整うまでは、天幕近くの水場で髪や身体を洗ったり、ボディシートで身体を拭いたりして生活していました。
(入浴はできないだろうと思っていたので、水場があったのは助かりました)

天幕の設営完了後、編成完結式が行われていよいよ活動開始です。

災害派遣集結地 人吉クラフトパーク
災害派遣集結地、人吉クラフトパーク:ツイッター@jgsdf_19ir_prより

次回、災害派遣活動について

ここまでが即応予備自衛官として豪雨災害が発生してから実際に現地に到着するまでの大まかな流れになります。

今回これまでと大きく異なる点として、新型コロナウイルスへの事前教育と注意喚起、予防の徹底があげられます。

幸いなことに、派遣終了後に行った抗体検査では、僕たちの部隊はみんな陰性でした。
(他部隊のことは知りませんが、罹患者がいたという話は聞いていません)

さて、次回は実際に災害派遣でどのような活動をしてきたかをお伝えしていきます。

それでは!